2012年12月27日木曜日

崎浜写真館 第12号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
 
平成22年7月、道路拡幅のため崎浜川を隠す整備が行われ、
水の音が聞こえなくなりましたが、整備前の風景は今でも
原風景として人々の心に残っています。
 
「工事前のコミセン付近」
H19.9.30崎浜公益会撮影

                                   ※ 無断転載禁止
 

2012年12月26日水曜日

崎浜写真館 第11号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
平成22年7月、道路拡幅のため崎浜川を隠す整備が行われ、
水の音が聞こえなくなりましたが、整備前の風景は今でも
原風景として人々の心に残っています。
 
「工事前のディラン」
 
H19.9.30崎浜公益会撮影

                                  ※ 無断転載禁止
 

2012年12月25日火曜日

崎浜写真館 第10号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「白磯公園」
H20.4.16三浦氏撮影

                                   ※ 無断転載禁止
 

2012年12月21日金曜日

崎浜写真館 第9号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「明神道」
H16.9.11萬屋jonet

                                   ※ 無断転載禁止
 

2012年12月20日木曜日

崎浜写真館 第8号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「仲網前」
H16.9.11萬屋jonet撮影

                                   ※ 無断転載禁止
 

2012年12月18日火曜日

崎浜写真館 第7号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「土根海岸」
 
H18.11.19三浦氏撮影

 
                                    ※ 無断転載禁止
 
 

2012年12月13日木曜日

崎浜写真館 第6号

崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「越喜来漁協崎浜支所」
H20.12.17三浦氏撮影

                                    ※ 無断転載禁止
 

2012年12月12日水曜日

崎浜写真館 第5号

「崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
「正源寺 椿の花咲く風景」
H20.4.16三浦氏撮影

                                   ※ 無断転載禁止
 

2012年12月10日月曜日

崎浜写真館 第4号

「崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。
 
「崎浜という地」から
 

平成18年11月19日 三浦氏撮影

                                   ※ 無断転載禁止

2012年12月7日金曜日

崎浜 震災の記録誌草案(上巻)

先日お伝えしていた情報誌チームで作った、「崎浜 東日本大震災の記録誌(草案)」上巻をアップします。

「崎浜 東日本大震災の記録誌(草案)上巻」 (2.5MB)

崎浜写真館 第3号

「崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。

「崎浜という地」から

撮影日不明、撮影者不明 崎浜の町風景
                    
                             無断転載禁止

2012年12月5日水曜日

崎浜写真館 第2号


「崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。

「石碑」

長く大きく揺れる地震は津波の警報と心得、
直ちに近くの高知へ避け、一時間はその地を離れるな

                                                                                                 無断転載禁止

崎浜写真館 第1号

「崎浜震災記録誌(仮称)」作りを進めています。
これまでに集められた写真を紹介しています。

「崎浜の風景」





                                                                                                   
                                                                                               ※ 無断転載禁止

崎浜小学校閉校記念式 2012.3.20

 3月20日、崎浜小学校の閉校記念式が、甫嶺小学校の体育館で行われました。
 震災により、1年閉校が早まりました。崎浜小学校の校庭には仮設住宅が立ち並んでいることもあり、崎浜小学校での閉校式も叶いませんでしたが、子供たちは力強く、大きな声で校歌を歌いました。未来へ、つながりますように…。

 

Yショップ 祝1周年! 2012.10.24

 津波により、崎浜の中心街はすべて流されました。
 まっくらい夜が続きましたが、それからおよそ半年後の10月下旬に、Yショップが場所を移して再開しました。
 夕方、その明かりがすごくまぶしく見えました。









 今からおよそ1年前の崎浜です。
 この地は、どんなふうに生まれ変わっていくんでしょうね。
 いよいよみんなでこれから考えていきます!

 

(わかな)

第6回 復興会議 2012.2.22

 復興会議では、集団移転候補地の整理と提案を市に対して行い、喫緊課題であった集団移転事業への地域としての取り組みがひと段落したことを受けて、今回の会議では、これから復興会議として取り組んでいくべき事業の絞り込み作業を行いました。
 その結果、以下の項目について優先して取り組んでいくべきという結論になりました。
 ・集団移転の検討と促進のための作業
 ・道路や避難道の検討(災害に強い集落づくり)
 ・震災の記録づくり
 ・被災者の要望を聞く窓口づくりについて優先的に取り組むこと

 次回は、いよいよ中越への視察旅行となります。バスに乗って、みんなで向かいます。

<次第>
1.開会・挨拶
2.これまでの経緯
  被災者連絡協議会の立ち上げ(1月22日)
  防潮堤の高さに関する説明会(2月12日)
  集団移転に関する意向調査結果
3.協議(ワークショップ)
  復興会議の課題の仕分け作業
4.発表・まとめ
5.閉会

第1回 被災者連絡協議会 2012.1.22

 義援金や集団移転事業、浸水した土地の買い取り制度についてなど、家を失った方が必要とする重要な情報の共有を図り、復興事業をよりスムーズに進めていくための協議の場として、被災者の人が参加する「崎浜地区被災者連絡協議会」を立ち上げ、この日、設立の総会を開催しました。

 この日は、設立趣旨の説明、役員選出、崎浜地区復興会議の動きについての説明や意見交換を行いました。

(設立の趣旨)
 東日本大震災発生後10か月が過ぎ、復旧・復興に向け、いよいよ本格的な動きが加速しつつあります。大船渡市では、昨年10月31日に復興会議が策定され、国会においては、11月21日に総額12兆円を超える第3次補正予算が決定されました。
 平成26年度まで行われる「防災集団移転促進事業」(災害が発生した地域のうち、住民の生命、身体及び財産を災害から保護するため住居の集団移転を促進するための事業)は、①当事者の意思の確認、②移転候補地の選定および用地の取得交渉、③浸水域の買い上げのための合意等、40前後の行程が必要となります。
 その作業を円滑に進め、当事者個々の意思と全体の意見を集約し、一日でも早い住宅の再建を果たすため、被災者連絡協議会を設立したい。」
 

三陸産鮮魚の直送 《マルワ食品》

 
 震災前は大船渡港のそばに加工場を構えて営業をしていましたが、津波によりすべて流され、現在は、自宅のある崎浜で営業を元気に再開しています!
 浮田との交流事業などでもいつもお世話になっている木下和男さんの お店。インターネットで注文もできます。丁寧に梱包しているので、贈答品にもピッタリです。
 ぜひ、ホームページを訪ねてください。

マルワ食品ホームページ http://maruwa-food.net/
 
【住所】    〒022-0101 大船渡市三陸町越喜来東崎浜121-2
【定休日】   日・祝
【営業時間】 8:00~18:00  ※FAX、メールの受付は24時間
【電話番号】 0192-44-3001

2012年11月24日土曜日

第5回 復興会議 2012.1.18

12月3日の現地点検の結果報告
 第4回復興会議の後の12月16日に、市を訪れ、復興会議の経緯の説明や復興に関する事業についての意見交換を行いました。
 今回の復興会議では、その結果と12月27日の説明会の様子について報告しました。
<市との意見交換の結果 *抜粋>
(崎浜)復興計画実施の具体的な工程の説明を伺いたい(住宅の集団移転等)
(市)集団移転事業についても、30~40のステップがあり、非常に時間がかかるものであるが、順次進めてゆきたい。
(崎浜)浸水地域の土地買い上げは可能かどうか伺いたい
(市)移転する場合は買上げする。市場価格で買上げする事になるが、全員の合意が必要である。
(崎浜)公営住宅建設については崎浜地区にも是非お願いしたい
(市)越喜来地区には3つの地域があるが、全地区に建設するかどうかは、被災者の意向を踏まえながら現在詰めの段階である。

 復興会議の作業としては、移転候補地について情報を共有し、優先順位を決めました。


検討の結果模造紙

県と市からの説明会 2011.12.27

 岩手県と大船渡市役所の方々が崎浜公民館に来て、防潮堤の高さや復興計画などに関する説明会と意見交換管を行いました。

 岩手県からは、防潮堤の高さについての説明がありました。防潮堤は最大で11.5mとなるが、東日本大震災級の津波が来たことを想定すると、浸水面積はほとんど変わらない。到達時間は2分遅くなるという説明でした。昭和の津波の規模なら、崎浜は8.1mでもいいということで、構造や高さはまだ仮定で住民と話し合いながら進めていきたいということでした。今回の説明を受けて、地域としてどちらを選択するか意見をまとめていくことになります。

 大船渡市役所からは、復興計画、土地利用、公営住宅について説明されました。差し込み移転でもよいということ、住宅移転地や公営住宅の建設地はまだ目処が経っていない。用地交渉は基本的には市が行うが、大体の情報を頂ければありがたい、合意形成がまとまったところから、はじめていくということなどが話されました。

集団移転事業の移転候補地の現地点検 2011.12.3

 第3回、第4回の復興会議での検討において、復興に向けては何よりも被災者の住宅再建を優先して進めるべき、そのためには地域としてできることに取り組んでいこうということになり、この日、差し込み移転候補含めて地区内の候補地を選ぶための現地の確認作業を行いました。

 あいにくの天気でしたが、ひとつひとつ現在の土地利用状況や周辺環境をチェックしていきました。

 次回の復興会議では、この日の点検結果を再検討していく作業を行っていきます。


東側の丘から崎浜を見下ろした
崎浜漁港では、地盤が沈下して、
波が打ち寄せていました。

第4回 復興会議 2011.12.2



 第4回の会議では、前回出された「復興に向けた課題」に対して、だれがどのように取り組んでいくべきかの検討を行いました。
 課題としては、①住宅再建(住宅移転)②地域コミュニティの維持、③被災者ケア、④崎浜小学校跡地の利活用、⑤浸水域の活用、⑥生活環境の整備、⑦震災の記憶、記録、⑧人口対策、⑨産業の振興、仕事づくりとたくさんありましたが、この日の話し合いの中で、「いろいろやるべきことはあるが、何よりも被災者の住宅再建を優先すべき。仮設住宅に住んでいる人がいる状況で、将来に向けて取り組んでいくことはできない。」という意見が出て、何よりも被災者の住宅再建を最優先で取り組んでいくべきという思いが確認されました。

 集団移転事業にあたっては、差し込み移転が第一ですが、速やかに事業を進めるためには、行政の動きを待つだけではなくて、地域としても候補地を選び、地権者の意向なども把握しておくことが大切ということになり、さっそく翌日に候補地を現地踏査することになりました。

 復興会議として、確実に一歩歩みだすことになりました。

<次第>
1. 開会
2. あいさつ
3. これまでの経緯          
4. 国や県、大船渡市の動き                
5. 崎浜復興会議の進め方について
6. 前回のふりかえり                 
7. 復興の課題(班作業)
8. 発表・まとめ
9. 閉会あいさつ

第3回 復興会議 2011.10.31

 第3回の復興会議は、女性と被災者を5名増やして、合計22名の新体制での最初の会議として開催しました。
班形式(ワークショップ形式)での
意見の出し合い
新しいメンバーを増やしたので、これまでの復興会議の経緯や県や市の復興計画について丁寧に説明したのち、3つの班に分かれて、復興に向けた課題について思いを出し合う作業を行いました。
 意見は各班から活発に出されました。
 主な意見としては、「空き地など、今の集落の中に入れるような集団移転が望ましい」や「災害公営住宅はお年寄りの人がひとりでも入れるようなケア付きの住宅がいい」などの集団移転に関する意見や、「(住宅移転事業などの)いろいろなうわさが聞こえて不安になる」や「仮設住宅にこもりがちになる怖れがある」などの被災者のケアに関する意見、被災の記録を後世に伝えていく必要があるなどたくさんの意見が出されました。

最後には班ごとに発表し
成果を共有
被災者を中心とした情報共有や対策に取り組む連絡協議会のような組織が必要という意見も出され、今後取り組んでいくことになりました。
 
次第
1.開会
2.あいさつ
3.参加者紹介・近況報告
 ・いわて地域づくり支援センター、岩手大学(自己紹介)
 ・初めての参加者(自己紹介+近況報告)
 ・これまでの復興委員(近況報告)
4.これまでの経緯の説明
5.岩手県及び大船渡市の復興計画の説明
6.崎浜の復興に向けた課題整理
7.<班作業>復興に向けた課題について
8.発表・まとめ
9.閉会あいさつ

2012年11月14日水曜日

崎浜情報誌を発行しました!

崎浜地区復興会議では、数年後に崎浜地区としての震災の記録誌を発行したいと考えています。
そのための前準備として、記録誌本誌の原案を前半と後半にわけ、それぞれの項目に関する写真、記事、記録などのデータを寄稿してもらう取り組みを進めてきました。

まずはその前半部分。崎浜の震災前の姿から震災直後の様子、そして避難所での生活までの原案を作成し、地区住民の方をはじめ、崎浜から離れてしまった出身者、北里大学の卒業生、その他色々な支援を行ってもらった方々へ直接郵送させて頂きました。

10月25日には、この発送作業を、情報誌を担当している情報誌チームで行いました。

封入れ作業するチームメンバー
手際良くサッサツ

本誌発行に向けて、着々と準備を進めています。

崎浜の昔の写真、みんなで集まっている写真、何気ない風景、震災の時の想い、震災時の記録(津波到達時間、水位、支援日時等々)など、みなさんからの情報提供お待ちしています!

(情報誌チーム事務局 いわセン吉村)

2012年10月23日火曜日

お世話様です。久しぶりの更新になります。

白磯FCです。前回は中野が書きましたが、今回は坂本が書きたいと思います。

最近の動向ですが、お盆後、だいぶ参加メンバーが減少してきてましたが、最近ではじょじょにもどりつつあります。

お盆ですのでだいぶ煮しめやらおふかしなど喰わされ、ずっと寝ていたのでしょう。

おなかには肉。肉。肉。

フィットネスしがいのある体になって戻ってきました。

さらに、5対5でゲーム形式の練習(遊び)ができるようになってきており、白磯のメンバーだけではなく、赤崎のチームの『Y3C』の方々も参加してくれてだいぶ活気づいてきたように思えます。

MIXIでコミュニティを作成しており、それを見た方が1人連絡をくださいまして、先月から練習に参加してくださいました。とてもありがたいことです。

これからもっとメンバーを増やし、ある意味宗教団体になることを祈っているしだいであります。

嘘です。調子にのりました。

そして、来週の日曜日、28日に初の公式試合が決まりました!

『大船渡市市民体育大会』の8人制サッカーです。

フットサルではないですが、白磯FCの存在をアピールとメンバーの練習の成果が試されるチャンスです。

結果はアップしたいと思いますが、多分散々な結果が予想されることでしょう。

相手は県リーグに参加しているプロの下部組織に属したいわば殺戮集団。

僕達をいじめようとナイフをなめている図が頭の中に思い浮かびます。

助けて!!おなかのお肉がそぎ落とされてしまう・・・




いいんです!フィットネスクラブですから!

泥をつけられるよう、地に膝をつけられるよう、頑張ってきたいと思います。

無残な結果を期待していてください。

さぁ!今日も練習です!近々、写真もアップしたいと思いますので、崎浜の皆さん!大船渡三陸町の皆さん!
応援をよろしくお願いします!

2012年9月2日日曜日

崎浜番屋づくり6 2012.9.2

プレハブの基礎づくり①
8月26日に埋めたペール缶のコンクリートが乾くまでの間、プレハブの高さをペール間の高さと合わせるために、プレハブの下にコンクリートを詰める作業を行いました。

 1週間前の日焼けがまだヒリヒリする中でしたが、作業は着々と進みました。

 まずは、コの字型のコンクリートブロックを右に写真のようにプレハブの下に設置します。





プレハブの基礎づくり②



 そして、コンクリートブロックのコの部分に水で溶いた生コンクリートを流し込み丁寧に均します。

 こうして、右に写真にある大きなコンクリートブロックのようになります。




 この日はお昼頃に秋田の竿灯保存会の皆さんが崎浜にきて、素晴らしい腕前を披露していただきました。

 復興に向けて、たくさんの人たちが力を与えてくれていることに、改めて感謝の気持ちを持つことができました。



(太田)

2012年8月30日木曜日

崎浜震災記念誌作りを進めています。

 崎浜復興会議の中に設置された「崎浜震災記念誌チーム」では、崎浜の被災の写真や懐かしい写真などを集めています。
 ここでは、チームに寄せられた貴重な写真をアップしていく予定です。
 (記念誌チームは、主に仮設住宅に住む美女集団が中心となって取り組んでいます。)

 なお、記念誌チームでは崎浜の写真を集めています。写真やデータをお持ちでしたら、ぜひ、ご提供ください。詳しくは、下記までお問い合わせください。
 

 特定非営利活動法人 いわて地域づくり支援センター
 〒025-0091 岩手県花巻市西大通り1-20-10-102
 電話・ファックス 0198-29-5515
 メール iwacen_2005@iwa-c.net

三陸わかめ 《遠藤物産》

 浜(生産地)にこだわり、採集地にこだわった極上品です。社長自らがその年の浜の様子を確かめながら、一番良い時期の一番良い浜で採れたわかめのみ使用。
 食べてみれば分かる本物のわかめ。ぜひ、お試しください。贈答品としてもお使いいただけます。

  300g袋入り わかめ     720円
  200g袋入り わかめ       480円
  500g袋入り 茎わかめ 200円
     500g袋入り 生こんぶ  400円

 ご注文は、注文書(PDF)をダウンロードして、FAXにより、お申し込みください。

  ⇒注文書(PDF)

 遠藤物産は、今回の津波により工場(こうば)が流されました。しかし、場所を借りて、少しずつですが、平成24年のわかめから生産を再開しました。工場も再開予定です。
 今後とも、ご支援をよろしくお願いします。

■遠藤物産  社長 遠藤喜隆
 〒022-0101 岩手県大船渡市三陸町越来喜字東崎浜127-1
 電話・ファックス 0192-44-3213
 
  

2012年8月29日水曜日

崎浜番屋づくり5 2012.8.26

ペール缶埋め 
この日の作業は昨日掘った穴にペール缶を埋めていきます。
 柱の基礎となるこのペール缶は埋める作業も高さを合わせる必要があり、これまでとは違う繊細さが必要になります。
 

 崎浜の棟梁をはじめ、神奈川大学の学生さん方が線を引っ張って高さを合わせる作業中、ペール缶の中に詰めるコンクリートつくりも同時並行で行います。

 コンクリートつくりはコンクリート、砂利、砂、水を分量通り混ぜるというもので2人で一緒にタイミングよく行います。


この日も暑く、3日前は色白だった人も腕がすっかり真っ黒になりみんな仕事人のようでした。


コンクリートつくり

(太田)

第2回 復興会議 2011.7.29

第2回委員会は、委員である岩手大学農学部広田教授も参加し、国や県の復興事業の状況の説明を踏まえ、住宅や道路など、崎浜地区の復興に関する各議題について話し合いを行いました。

 住宅については、集団移転と差し込み移転、公営住宅などいくつかの方法があることを確認したうえで、地区として自ら候補地の選定等に取り組んでいく必要性が確認されました。
 道路については、現在8本ある道路を3本の主要道路にまとめてはどうかや、避難道については浸水域の利用方法が決まってから考える必要があることなどの意見が出されました。
 浸水跡地の利用については、桜公園やグラウンドゴルフやゲートボールなどの運動場などみんなが集える場所にしたいという意見が多く出ました。
 地域共同体の維持については、「崎浜をもう一度再建していこう」という思いの盛り上がりが必要だという意見が出ました。
 次回は、被災者や女性委員を増やし、ワークショップ形式も取り入れて、一人一人が感じている課題や復興への取り組みについて丁寧に議論していくことになりました。

●次第
1.開会
2.委員長挨拶
3.報告
 ①越来喜地区復興委員会へ提出した要望書
 ②第2回意向調査(住宅に関する)結果
4.議事
 ①住宅の件
 ②道路の件
 ③浸水跡地の利用について
 ④地域共同体の維持について
 ⑤その他
5.閉会

2012年8月28日火曜日

ごあいさつ

記事作成中・・・

崎浜の被災状況

2011年3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖130㎞の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。
 崎浜地区でも震度6弱の巨大な地震が起こり、大きな被害がでました。その余震が収まらない中、15時15分頃、津波が大平側から防潮堤を乗り越え、地区に流れ込んできました。


 自宅を失った世帯 46世帯
 死者・行方不明者 10名


 地震発生と同時に停電となり、水道も止まりました。そのため、公民館を避難所として自宅を失った世帯を中心におよそ3か月に及ぶ避難生活を送りました。
 その間、女性らが協力して、全世帯に毎日炊き出しを行いました。

 電気の開通 4月4日
 
 水道の開通 5月中(場所によって異なる)
 避難所の閉鎖 6月14日
 

 現在、被災者は、崎浜小学校の校庭に設置された応急仮設住宅と、地区内の賃貸アパート等(みなし仮設)で生活を送っています。

 崎浜小学校仮設住宅入居者      23世帯、約80名
 賃貸アパート等(みなし仮設)入居者 20世帯、約40名
 

崎浜の位置

 崎浜公民館
 〒022-0101 岩手県大船渡市三陸町越来喜仲崎浜185-7
 電話 0192-44-3380

 
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このホームページの運営について


 このホームページは、崎浜地区復興会議のホームページチームが管理運営を行っています。
 
(ホームページチーム)
 崎浜在住の20代の若者を中心に10名程度
 +NPO法人いわて地域づくり支援センター
 
 記事の更新や情報提供は随時大歓迎です!お問い合わせフォームからいつでもご連絡ください。
 
 ホームページの制作にあたっては、「平成24年度岩手県新しい公共モデル事業」を活用しています。

崎浜番屋づくり4  2012.8.25


ペール缶のフタを外す
24日に行った、穴掘り作業の疲れがまだ残っている中、この日に行った作業は、昨日掘ることができなかった場所の穴掘りと穴に埋めるペール缶の準備を行いました。

 ペール缶とは、車やバイクのエンジンオイルなどが入っている缶で、右の写真のような大きさです。
 この缶は地元の方からいただきました。

 フタのついているペール缶はフタを外して使用します。
 缶の底にオイルがついていたりして、悪戦苦闘でした。

 
据え付け用の金具の作成
また、缶に据え付ける金具の準備も試行錯誤をしながら行います。
 どうすれば、確実に柱を設置できるのかを計算しながらの作業です。
 

 フタを外した後は、缶をそれぞれの穴に設置していきますが、穴掘り作業に時間がかかったためこの日はここで作業終了となりました。


 連日、天気に恵まれたことによる暑さと力仕事による疲労とで徐々に疲れてきていますが、いろいろな作業ができる楽しみからか、全員が笑顔で良い雰囲気だなと感じました。



(太田) 
 

2012年8月27日月曜日

第1回 復興会議 2011.6.29

震災が発生してから3か月が経った6月12日、崎浜公益会の役員会において、自分たちが自ら動くことで、一刻も早く地域の復興を実現することを目指し、「崎浜地区復興会議」を立ち上げることが決定されました。その後、直ちに公益会長が委員の選任を行い、委嘱状を送付、全員から承諾の意思を確認し、6月29日に第1回「崎浜地区復興会議」が開催、会が立ち上がりました。
 会議の委員は、公益会の役員に加えて、元甘竹市長、岩手大学農学部の広田教授ら15名です。
 第1回会議では、6月22日に配布されていた東日本大震災にかかわる地域の課題に関する住民の意識調査を行った結果の報告と、それに対するさらなる協議が行われました。
 
 

 (住民の意向調査結果としてまとめられた復興への課題8項目)
1.住居について
2.防災について
3.生活基盤(道路・電気・ガス・水道)について
4.生産基盤(漁港・養殖施設・漁船)について
5.流出した中心街の復興について
6.崎浜小学校の跡地活用について
7.情報の伝達手段について
8.地域コミュニティ(共同体)の維持について

 さまざまな問題が山積していますが、これから、地域自らが協力して復興へ向かって歩みだす力強い一歩が踏み出されました。

2012年8月24日金曜日

崎浜番屋づくり3 2012.8.24

作業の流れを確認
 
この日の作業は、番屋の屋根を支える柱を設置するための土台を据え付けるための穴掘りです。
 デザイン段階から協力いただいている神奈川大学の先生や学生のみなさんや東京のデザイン会社の皆さんも参加しての作業です。

 まずは、どの場所に穴を掘るのかを確認します。
 そのあとは、マンパワーで所定の深さになるまで穴掘りをします。


穴掘り作業
場所によっては大きな石が埋まっていて、マンパワーでの作業ではなかなかはかどらないということもあり、地元の方が重機を持ち出して作業に参加してくださいました。
 難航していた穴掘りも重機のおかげで行うことができました。
 

 次回はこの日堀った穴に土台となるペール缶を据え付け、缶の中にコンクリートを流し込む作業です。
 

 連日の猛暑ですが、頑張っていきます。
 



重機提供ありがとうございます

 
 
 
(おおた)

2012年8月2日木曜日

2012年7月28日土曜日

崎浜番屋づくり2 2012.7.27

プレハブ設置場所の確認
暑い夏が始まりました。
 この日は、番屋の屋内スペースになるプレハブの設置作業を行いました。
 プレハブが現地に届く前に、設置場所の草刈や整地作業をして到着を待ちます。

 地元の方と東京のデザイン会社の方が協力して作業を進めて行きます。
  プレハブが現地に届き、整地した設置場所にクレーンを使ってプレハブを置いていきます。
 プレハブは全部で3つあり、そのうちの2つ(設置後の方の写真の左の2つ)は合体して使います。
 次回の作業は番屋の半屋内スペースを形作る屋根を支える柱や梁の土台づくりが行われます。
 



プレハブ設置前
 
プレハブ設置後


  (おおた)

2012年7月22日日曜日

崎浜小学校校歌

こんばんは!
崎浜小学校がなくなってしまったので
あの校歌をここに書いておきます、忘れないように!!

うろ覚えなので間違ってたら教えてください、
何かをみて書いてるわけではないです。

とりあえず今日のところは一番だけ!

めーざめーのうーたはーうーみのーおーとー
ひーろーくおーおきーいわーがーうーみーのー
めーぐみーのさちをーいつまでも
めーぐみーのさーちーをーいーつーまーでもー
てーをつなぎーかたよーせて
うたえーばたのしいさきはましょうがっこう

最後らへんがかなり怪しいですが・・

次回は2番!がんばっぺし!絆!

2012年7月20日金曜日

記念誌に載せる風景写真を探してます

記念誌を作るチームに参加しているスカの中居美貴です。 大漁旗(ふらいき)の次号作成に際し、津波で流される前の崎浜の写真を探しています 今はない建物や風景の写真がありましたらコメントをお願いします。

2012年6月22日金曜日

第2回ホームページチームの打ち合わせします!

本日6月22日19時から、崎浜公民館にてHPチームの打ち合わせを開催します。
今日から本格的にHPスタート!

2012年4月8日日曜日

崎浜番屋づくり1 2012.4.8

打ち合わせの様子
  復興会議での検討から生まれた崎浜番屋づくりの1回目の打ち合わせの様子です。
 この日は地元崎浜から2名と東京のデザイン会社さんから3名、神奈川大学から1名、NPOから2名での打ち合わせとなりました。
 東京のデザイン会社さんの作成したデザイン画や模型の説明や番屋づくり事業の運営についての話を聞きました。

 今回のデザインをたたき台に番屋づくりチームでの検討を重ね、形にしていきます。



 
デザイン原案



  (おおた)